専門医からのメッセージ Vol.3

前立腺肥大症の手術の実際

医療法人社団長尽会 長久保病院
理事長
桑原 勝孝先生

手術を受ける判断材料は?

前立腺肥大症治療の第一選択は、お薬です。しかしながら、お薬を飲み続けてもよくならない場合は、手術を視野に入れ、検討していきます。手術となる条件は、まず排尿後の残尿量(膀胱の中に残る尿量)です。残尿量が100cc以上の場合、手術を検討する一つの目安になります。また、尿流量検査で排尿状態が悪い場合や、患者さんが日常生活でどの程度ストレスを抱えているかも考慮します。

これを測るには、「IPSS-QOL」(国際前立腺症状スコアとQOLスコア)や「OABSS」(過活動膀胱症状スコア)の質問票を用いて日常生活における感じている不満度を数値化し、検査結果と合わせて手術が適当かどうかを判断します。 さらに、尿道と肛門からカテーテルを入れ、尿の勢いや膀胱に貯められる尿量や膀胱の収縮性などを調べるウロダイナミクス検査(UDS)を行う場合もありますが、体に負担がかかる侵襲的な検査です。

前述の残尿量や尿流量検査、「IPSS-QOL」と「OABSS」(過活動膀胱症状スコア)である程度の情報量が得られるため、実施しないこともあります。 医師としては専門的立場からの判断を患者さんに説明しますが、患者さんも不明点などがあれば主治医に質問し、納得のいくまで相談した上で手術を受けていただきたいと思います。 

手術を行うにあたり患者さんに
お伝えしていることや確認すること

写真:桑原 勝孝先生

手術を行う上で、必ず患者さんに確認させていただくのが、持病と飲んでいるお薬です。特に血液をサラサラにする薬(抗凝固薬)を服用されている場合は合併症のリスクが上がるため慎重に検討します。 また、手術後の注意点についてもお伝えします。術後1ヵ月程度は激しいスポーツや長距離の自転車走行などを避けていただきます。

また、尿路感染症を防ぐために水分を十分に摂ることもお願いしています。 それから、前立腺肥大症の手術をすることによって、それまでの症状のすべてがなくなるとは限らないこともお話しします。特に前立腺肥大症と過活動膀胱を合併されている患者さんの場合、手術によって尿の通りはよくなりますが、夜間頻尿は完全になくならないこともあります。

私は、患者さんが治療後の効果として何を期待しているのかをよく伺い、共通認識を持つことを心がけて診療にあたっています。 

体への負担が少ない手術が主流です

現在、主に行われている術式は、電気メスによる切除術と、レーザーによる核出術、そしてレーザーによる蒸散術の3種類です。いずれも尿道から内視鏡を入れて手術をする体への負担が少ない手術です。  

●切除術「TURP」(経尿道的前立腺切除術=transurethral resection of the prostate) 

  • 方法
    電気メスを使用して、前立腺を削ります。灌流液に非電解質溶液を使う「Monopolar TURP」と生理食塩水を使う「Bipolar TURP」があります。 
  • 特徴
    長い歴史があり確立された術式で、最も行われている手術の一つです。但し、比較的出血が多く、大きな肥大症では輸血の可能性が出てきます。また、Monopolar TURPでは、灌流液によるTUR症候群(低ナトリウム血症)のリスクがあります。  

●核出術「HoLEP」(ホルミウムレーザー前立腺核出術=holmium laser enucleation of the prostate)など

  • 方法
    衝撃波を発生するホルミウムレーザーを使用して、前立腺をくり抜きます。 
  • 特徴
    大きな前立腺でも、ほぼ完全に取ることができます。従って再発が少ないことがメリットで、若い患者さんに向きます。一方、くり抜いた前立腺を一度膀胱に移動させ、モーセレーションという機器で組織を小さく砕いて体外に吸引するという煩雑な手技があり、術者には熟練が必要で、手術時間も長くなります。肥大した前立腺をほぼ完全に取り除けることやTURPに比べて出血が少ないのがメリットですが、ときには輸血が必要になる場合もあります。また、術後に尿失禁を起こすリスクも少し高くなっています。 

●蒸散術「PVP」(532nmレーザー光選択的前立腺蒸散術=photoselective vaporization of the prostate)など

  • 方法 
    比較的新しい術式です。グリーンレーザーを利用して、前立腺の組織を蒸散させます。
  • 特徴
    前立腺を蒸散させるので、前述のHoLEPのように組織を回収する必要がなく、その分手術時間は短くなります。大きな特徴としては、出血は少なく、血液がサラサラになるお薬(抗凝固薬など)を服用されている患者さんでも手術を受けることができ、基本的には輸血の必要もありません。従って、他の手術と比較し侵襲の少ない、患者さんの体への負担が少ない手術であるといえます。但し、術前検査でがんがないかどうか確認する必要があることと、前立腺をすべて取るのではなく尿の通りをよくすることが最大の目的であるため、他の術式にも言えることではありますが、将来再手術になる可能性がゼロではありません。しかしながら、レーザーの機能も進歩していますので、再手術が必要になるケースは今後さらに少なくなっていくのではと考えています。

 

カテーテルの大切な役割
カテーテルの留置期間は入院期間と直結

ここで、比較表にも項目として挙げている「カテーテルの留置期間」についてお話ししておきたいと思います。カテーテルの留置期間は入院期間に直結します。医療機関によっても異なりますが、留置期間に2~3日程度加えると、ほぼ入院日数になるかと思います。

当院の場合は手術の前日に入院していただき、翌日手術、カテーテルが取れたら次の日退院、というパターンが多くなっています。 なぜカテーテルを入れなければならないのか、いくつか理由はありますが、最も大きな理由は止血です。手術後は麻酔のために自力で排尿ができないため、すべての患者さんにカテーテルが留置されます。痛い、不快だ、という声もよく聞くのですが、カテーテルを入れておくことで止血効果が得られます。これが非常に大切です。

また、カテーテルを抜いてしまうと出血した血液が固まってしまうことも考えられますので、出血の程度が大きければ当然長い期間の留置が必要になってきます。例えば当院で主に行っているPVPは手術翌日のカテーテル抜去が可能ですので、3泊4日と短い入院で済みます。 

麻酔には全身麻酔と腰椎麻酔
医療機関によって様々です

患者さんは麻酔のことも気になるのではないでしょうか?全身麻酔で行う医療機関、腰椎麻酔で行う医療機関と様々です。一概にどちらがよいとはいえません。当院では、抗凝固薬を内服中の患者さんと眠っている間に手術を済ませてほしい希望のある患者さん以外は、腰椎麻酔が主体となっています。腰椎麻酔であれば、手術中に治療をしている様子を患者さんご自身にも内視鏡のモニターでお見せできますので、安心感と納得感につながっているように感じています。

退院後の受診の頻度は?

退院後は、2週間程度で外来を受診していただき、尿流量検査を行って排尿状態を確認します。出血や尿路感染の有無も調べます。その後は1ヵ月後、3ヵ月後、半年後、1年後の受診となることが多いかと思います。排尿状態の確認や切除術と核出術で起こりやすい尿道狭窄、蒸散術で起こりやすい尿路結石の有無をチェックします。その後も希望される方は、再発や前立腺がんチェックのため、定期的に受診していただいています。

手術後はそれまで飲んでいた前立腺肥大症のお薬は一旦やめていただきます。半年くらい様子を見て、頻尿など過活動膀胱の症状が残っている場合には、抗コリン薬などを飲んでいただくことがあります。また、薬を長期間服用し続けることと手術を受けることの費用対効果はどうなのか、というご質問もよくあります。これにはエビデンスがあり、基本的には薬を飲み続けるよりも手術をした方が経済的にはメリットがあることがわかっています。 

手術を検討されている患者さんへのメッセージ
多くの場合はよい結果を得られます

前立腺肥大症の症状は、おしっこに関わることですから、人にはなかなか言い出せず、一人で悩んでおられる方が多いように感じます。まして、手術に対しては「失敗があるのでは?」「おしっこが漏れるようになってしまうのでは?」などといった恐怖感を持たれる方もいらっしゃると思います。でも、いざ手術を受けられると、「もっと早くしておけばよかった!」とおっしゃる方がほとんどです。

近年、前立腺肥大症の手術は侵襲が少なく体への負担も少なくなってきています。排尿状態の改善は手術後の生活の質を維持するために本当に大切なことです。恥ずかしがらずに、少しだけ勇気を出して受診、あるいは手術を受けていただければ、多くの場合はよい結果を得られると思います。 

写真:桑原 勝孝先生

桑原 勝孝先生略歴

藤田保健衛生大学医学部(現 藤田医科大学)卒業。長久保クリニック(現・長久保病院)、静岡赤十字病院、国立がんセンター研究所分子腫瘍学部、藤田保健衛生大学病院を経て、2005年より長久保病院に勤務。2010年理事長に就任。日本泌尿器科学会泌尿器科専門医、医学博士。 

 

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